脱!お金の呪縛。「おかねとは?」を再度考えた。

お金は価値の尺度、信用を数値化したもの。

「お金」についてはこのブログで何度か考えましたが、やはり上記のように「価値の尺度、信用を数値化したもの」にたどり着きました。

 

しかし、人によってとらえ方は様々であり、「お金=信用」にたどり着くまでのプロセスが異なりますので、全ての人にリーチするとは限りません。

 

私もそうですがお金に苦労した人間、お金に心を奪われた人間などお金の呪縛から抜け出せない人間は「お金とは?」について改めて考える必要があります。

 

お金=信用の文化は京都にあり!

よく京都は最高のキャッシュレス社会だと言われています。

なぜなら「顔パス」だから。

 

京都ではいまだに常連さんがツケ(顔パス)をする文化が残っています。ツケはお店と客との間に「信用」があるから行えるのです。

 

つまり信用経済が成り立っています。まさに「信用」お金とは信用を数値化したもの」の象徴だと思います。

 

借金は悪?

日本人は「借金」は悪いものと囚われがちのような気がします。なぜか住宅ローンという莫大な借金はするのに・・・

しかし、アメリカを見てみると借金をバンバンしている印象があります。

 

一概に「借金=悪」と決めつけるのは視野が狭いと思います。

 

ソフトバンクの孫正義さんは膨大な借金をしています。しかし、借金しただけ投資をして回収をしています。キャッシュフロー(お金の流れ)が大切であって借金は悪ではありません。

 

逆に借金できるのは「信用スコア」が高い証拠です。日本国も国債を発行して多額の借金をしています。そこには信用があるから借金が出来るのです。

 

 

前回もお伝えしましたが、日本は投資をしないで貯金をする信仰が今も根強く残っています。将来的にマイナスであることを自覚できていません。

 

アメリカでは小学校から投資の授業があるのに・・・日本のお金リテラシーは世界から離されているのです。

 

なぜ学校教育にお金の授業がないのか?

 

それは高度経済成長期にあるようです。

 

当時は銀行が日本の代表として投資をしていました。そのため国民はひたすら仕事だけをしていればよかったのです。

 

しかし、経済成長も終わり、今までのやり方では頭打ちとなりました。

 

本来なら国民1人1人が投資を・お金を学ぶべきでしたが・・現状は行われていません。

 

仮想通貨の誕生でみんなが「お金とは?」を考えるようになった!

私はビットコインなどの仮想通貨の出現で「お金とは?」の概念が大きく変わりました。国に支配されない価値・・・みんなが価値があると思えば、それに信用が宿り尺度と化す!

 

これは「共同幻想だ!

 

私が小学生の頃は給食に牛乳瓶がついてきました。

瓶には紙でできたフタがあるのですが、ある友人がフタを集めだしたのです。

するとみんなが牛乳瓶のフタを欲しがり、自分の消しゴムと交換したりなどの物々交換が始まりました。

みんなが欲しがる⇒価値がある⇒信用が生まれる⇒お金(交換の尺度)と変化したのです。

 

そう、共同幻想です。

 

しかし、「牛乳瓶のフタ」ブームが終わると価値はさがり、お金の役割を終えたのです。

 

この例からもみんなが欲しがる熱量によってお金の価値が変化します。

 

私は日本にいるので尺度が「円」になってしまいますが、お金の価値は常に動いています。

 

グローバルに見れば今日はドルに対して1万円の価値があっても、明日は9千円になってるかもしれない。

逆に1万千円になっているかもしれない。

 

もう日本だけで、円だけで考えるのは止めた方が良いと考えるようになりました。もしかすると「牛乳瓶のフタ」のように日本円の価値が下がるかもしれないからです。

 

あなたの給料は安い?

よく職場の人間が「ここは給料が安い」などと言っています。

その尺度は?

前職との比較か、感覚的なものか・・判定するのは難しいと思います。

 

仕事をして給料をもらう、これはお金に変換する必要性があり、労働を提供して対価を得る仕組みです。

 

しかし、「給料が安い」そういっている多くの労働者は大した仕事をしていないケースが多々あります。価値判断が出来ていない、つまり「お金」を知らないのです。

 

根本には資本主義の歪が関係していると思います。

マイケル・サンデル教授の著書「資本主義の限界」を読んで腑に落ちるた1人ですが、資本主義がお金の呪縛を加速させるのです。

 

次回は「資本主義とは」について考えたいと思います。



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